東京地方裁判所 昭和32年(ワ)8356号 判決 1959年10月10日
原告 株式会社服部製作所
被告 興国鋼線索株式会社 外一名
主文
一、原告株式会社の被告興国鋼線索株式会社に対する請求を、棄却する。
二、原告株式会社の被告東和工業株式会社に対する訴は、昭和三三年六月九日、その取下により、終了した。
三、訴訟費用は、原告株式会社の負担とする。
事実
原告株式会社訴訟代理人は、
「一、被告興国鋼線索株式会社は、原告株式会社の為に、別紙第一目録記載の各宅地、第二、第三目録記載の各建物につき、昭和一九年五月二九日売買を原因とする、所有権移転登記申請をせよ。
二、被告東和工業株式会社は、原告株式会社の為に、
(1) 別紙第一目録記載の宅地三筆につき、昭和二九年一一月二日東京法務局大森出張所受付第一〇九二三号、同年一〇月二八日売買を原告とする、所有権取得登記
(2) 別紙第二目録記載の工場事務所一棟(附属建物を含む)につき、昭和二九年四月五日、同法務局出張所受付第三六〇七号昭和二八年一〇月三〇日売買を原因とする、所有権取得登記
(3) 別紙第三目録記載の寄宿舎一棟につき、昭和二八年五月八日同法務局出張所受付第三八六一号、昭和二七年一二月一五日売買を原因とする、所有権取得登記
の各抹消登記申請をせよ。
三、被告東和工業株式会社は、原告株式会社に対し、別紙第一ないし第三目録記載の各不動産を明渡し、別紙第四目録記載の有体動産の引渡をせよ。
四、訴訟費用は、被告株式会社等の負担とする。」との判決、被告東和工業株式会社に対する右第二項の請求が容れられないときは、第二次の請求として「被告東和工業株式会社の為に別紙第一ないし第三目録記載の不動産につき、所有権移転登記申請をせよ」との判決及び、第三項の請求につき、仮執行の宣言を求め、その請求の原因として
一、原告株式会社は、昭和一九年五月二九日、被告興国鋼線索株式会社(以下被告興国という)から、その所有にかゝる、別紙第一ないし第三目録記載の不動産(以下本件不動産という)を、代金一五万円で買受けた。
二、原告株式会社は、税金滞納処分による差押を免れる為、被告東和工業株式会社(以下被告東和という)この間に本件不動産を売渡す旨の、左記通謀虚偽表示による各契約を結び、
同被告株式会社は
(1) 別紙第一目録記載の宅地三筆につき、請求の趣旨第二項(1) 記載の売買を原因として、同項(1) 掲記の所有権取得登記
(2) 別紙第二目録記載の工場事務所一棟につき、同項(2) 記載の売買を原因として、同項(2) 掲記の所有権取得登記
(3) 別紙第三目録記載の寄宿舎一棟につき、同項(3) 記載の売買を原因として 同項3掲記の所有権取得登記
を経由した。
三、仮に右各売買契約が、通謀虚偽表示でないとしても、右各契約は、原告株式会社が、被告東和の代表者清宮甚五郎の詐欺により、欺罔されて結んだ契約であるから、原告株式会社訴訟代理人は、昭和三三年二月二四日の本件口頭弁論期日に於て同被告株式会社訴訟代理人に対し、右各契約を取消す旨の意思表示をした。それ故、右各売買は、いずれも失効した。
四、訴外、清宮甚五郎は別紙第四目録記載の有体動産(以下本件有体動産という)を所有していたが、訴外松原吉造が昭和二七年八月三〇日、これを買受け、原告株式会社は、昭和三二年一〇月五日、同人からそれを代金四五万円で買受けた。
五、被告東和は、本件不動産及び有体動産を占有している。
よつて原告株式会社は
被告興国に対し、本件不動産につき、昭和一九年五月二九日売買を原因とする、所有権移転登記申請
被告東和に対し、第一次請求として本件不動産につき為された、前記各所有権取得登記の抹消登記申請第二次請求として原告株式会社に対する所有権移転登記申請及び本件不動産の明渡、本件有体動産の引渡を求める為本訴請求に及んだ。と述べ
証拠として、甲第一ないし第三号証第四号証の一ないし三第五ないし第八号証第九号証の一、二第一〇号証、第一一号証の一、二第一二第一三号証第一四号証の一、二第一五号証を提出し、証人田中徳雄の証言を援用し、乙第二第四号証の各成立は知らない。その他の乙号各証の成立を認めると述べた。
被告等訴訟代理人は、「原告株式会社の各請求を棄却する。訴訟費用は、原告株式会社の負担とする。との判決を求め被告興国は、原告株式会社主張の一の事実は代金が一五万円であること、及び別紙第二目録記載の工場事務所が、その主張のような表示であることを否認する外、すべてこれを認める。その代金は一四六、五五四円の定めであり、右工場事務所の表示は
東京都大田区糀谷町三丁目一、二〇〇番地にある
一、木造瓦葺二階建事務所一棟、建坪四二坪五合、二階三〇坪
一、木造スレート葺平家建工場一棟、建坪一四五坪
一、木造トタン葺平家建倉庫一棟建坪二五坪
一、木造トタン葺平家建倉庫一棟建坪二三坪七合
一、木造トタン葺平家建物置一棟建坪六坪
が正しい。
二の事実中、本件不動産につき、その主張の各登記がなされたことを認める。その他の事実及び三ないし五の各事実は知らない甲九号証の一、二第一三号証中、各郵便官署作成部分を除く、その他の部分の成立第一〇号証第一一号証の一、二第一二号証第一四号の一、二の各成立は知らない。同第九号証の一、二第一三号証中、郵便官署作成部分の各成立甲第一五号証を除く、その他の甲号各証の成立を、認めると述べた。
被告東和は、原告株式会社主張の一の事実を認める。
二の事実は、その主張の各売買契約が、通謀虚偽表示であることを否認する外、全部これを認める。
三の事実中、原告株式会社が、その主張の日時被告東和に対しその主張の各契約を取消す旨の意思表示をしたことを認める。その他の事実を否認する。
四の事実中、清宮甚五郎が、本件有体動産の所有者であつたことを認め、その他の事実を否認する。被告東和は、昭和二八年一月頃本件有体動産の所有者清宮甚五郎から、その所有権の無償譲渡をうけた。
尤も、昭和二七年九月一五日、東京法務局所属公証人鶴比佐志作成第一四八、一〇〇号動産売買契約公正証書により、清宮甚五郎が同年八月三〇日、松原吉造に、本件有体動産を売渡した旨の契約が認証されているけれども、それは清宮甚五郎が、被告東和の有体動産に対する差押の執行を免れる為、松原吉造と通謀の上、結んだ虚偽の契約であるから、その契約により、本件有体動産の所有権は、松原吉造に移転せず、従つて原告株式会社も、それにつき所有権を取得すべき謂われはない。
五の事実を認める。
原告株式会社は、昭和二七年一〇月頃、債務超過となつたのでその取締役会で、いわゆる第二会社を設立し、これに原告株式会社の財産一切を譲渡することを、決議した。しかし原告株式会社は、既に昭和二六年二月一四日、服部重明を代表取締役とする株式会社服部鈑金製作所(資本金一〇〇万円)を設立していたのでその資本金を三〇〇万円に増加し、商号を東和工業株式会社(即ち被告東和)と変更し、清宮甚五郎を、その代表取締役に選任した。そこで、原告株式会社では昭和一九年五月二九日被告興国から買受けた本件不動産を、昭和二九年三月二五日、被告東和に無償譲渡し、同被告が被告興国から、中間省略登記をうけることにしてそれぞれ、請求の趣旨第二項(1) (2) (3) 記載の各所有権取得登記を経たものである。と述べ
証拠として、乙第一ないし第五号証を提出し、甲第一〇号証第一一号証の一、二、第一二号証、第一三号証中、郵便官署作成部分を除くその他の部分、第一号証の一、二の各成立は知らない。甲第一三号証中、郵便官署作成部分及びその他の甲号各証の成立を認めると述べた。
原告株式会社服部製作所は、昭和三二年一一月三日、その商号を株式会社三信製作所と変更し、その代表取締役渡辺政治は昭和三三年六月九日、当裁判所に、被告東和に対する訴を取下げる旨の取下書(それには、同被告訴訟代理人弁護士三輪長生が取下に同意する旨の署名捺印をしている。)を提出したところ、原告株式会社訴訟代理人大島清七は、右訴の取下は、次の理由により、無効であるから、原告株式会社の被告東和に対する訴は依然当裁判所に係属中であると主張して、同年七月二九日、同被告に対する口頭弁論期日の指定を申立てた。即ち、原告株式会社は、昭和三二年一一月三日、臨時株主総会を開催し、渡辺政治をその代表取締役に選任し、同人は従来の代表取締役服部重明と共同代表者となること、商号を、株式会社三信製作所と変更することを決議し、同年同月七日、その旨の登記を経た。しかしながら同人は、昭和三三年二月二〇日、原告株式会社に対し、右共同代表取締役を辞任する旨申出で、原告株式会社はこれを承諾したので、同人は、同日以後、共同代表権を喪失した。それ故、同人が原告株式会社を代表して、昭和三三年六月九日、当裁判所に為した、被告東和に対する訴の取下は、無効である。
尤も、渡辺政治及び服部重明は、昭和三三年三月一九日、共同代表を辞任して、各自が単独で代表取締役となり、同年同月二〇日、その旨の登記がなされ、渡辺政治は同年七月六日代表取締役を退任し、服部重明のみが代表取締役と為り、株式会社三信製作所はその商号を再度株式会社服部製作所と変更し、同年同月二三日その旨の登記が為された。しかしながら、渡辺政治が、昭和三三年二月二〇日原告株式会社の共同代表取締役を辞任した以上同年七月二三日、同人の代表取締役退任の登記が為されても、同人が辞任後である同年六月九日、原告株式会社を代表して為した前記訴の取下は、無権限者の行為であるから無効であることは明である。
即ち(A)、(一) 原告株式会社は、被告東和に対し、本件不動産につき東京地方裁判所昭和三二年(ワ)第六二四一号、同年(ヨ)第六五一六号不動産仮処分決定の執行を為したが、原告株式会社は、昭和三三年六月九日(前記訴の取下が為された当日)被告東和との間に、示談が成立したことを理由として、その同意を得て右仮処分申立を取下げている。
(二) 渡辺政治は、当時被告東和の代表者と話合の上、「右仮処分申立を取下げて、原告株式会社に復讐をしてやる」と言つていた。
以上の事実からすれば、被告東和が、渡辺政治が、昭和三三年三月二〇日、原告株式会社の代表取締役を辞任していたことを知つていたことは明である。
(B) 仮に被告東和が、右事実につき悪意でないとしても、(一)被告東和は、原告株式会社の内容を熟知していた。
(二) 被告東和は、昭和三三年六月九日頃、渡辺政治が原告株式会社に対し、代表取締役を辞任する旨の取決めを為し、工場ではその作業を中止し、工員全部を解雇し、同人が残務整理をしていることを、知つていた。
(三) 被告東和は、渡辺政治が昭和三二年一一月三日、原告株式会社の代表取締役に選任せられ、その後、原告株式会社との間に紛争を生じたことを知り尽していた。
以上の事実からすれば、被告東和は、渡辺政治が昭和三三年六月九日、同被告に対する訴を取下げるにつき、原告株式会社に代表する権限を有していたか否かを調査したならば、直ちにその権限を有しないことを、知り得たに拘らず、その調査をしなかつた。従つて同被告が渡辺政治が、昭和三三年六月九日、右訴を取下げる当時に於て、原告株式会社の代表権限を失つていなかつたことを知らなかつたことは、取引上必要とせられる注意義務を尽さなかつたというべきであつて、その点に於て、重大な過失がある。
それ故、被告東和には、悪意又は重大な過失があるから、原告株式会社は、同被告に対し、渡辺政治が昭和三三年六月九日当時、原告株式会社を代表する権限を失つていたことを主張し得る。
(C) 仮にそうでないとしても、渡辺は、その代表権限を越えて、右訴の取下を為したものであるからその訴の取下は、無効であると述べ
被告東和訴訟代理人は、原告株式会社の右主張事実中、渡辺政治が昭和三三年三月二〇日、原告株式会社の共同代表取締役を辞任する旨を申出で、原告株式会社が、これを承諾したことは知らない。(A)(B)(C)の事実は、すべてこれを否認する。その他の事実は全部これを認める。渡辺政治は、前記訴の取下が為された昭和三三年六月九日当時は登記簿上、原告株式会社の単独代表取締役と登記されていたものであるから、同人が、当裁判所に為した訴の取下は、有効であると述べた。
理由
先ず、原告株式会社の被告東和に対する昭和三三年六月九日付訴の取下が有効か否かにつき、判断する。
原告株式会社訴訟代理人が右訴の取下、及びその無効を理由として、期日指定を求める為主張する事実は、渡辺政治が、昭和三三年二月二〇日、原告株式会社に対し、その共同代表取締役を辞任する旨申出で、原告株式会社がこれを承諾した事実、(A)(B)(C)の事実を除き、すべて被告東和が自白したところである。
仮に、渡辺政治が、原告株式会社が主張するように、昭和三三年二月二〇日、その代表取締役を辞任する旨申出で、原告株式会社がこれを承諾したとしても、その事実が登記簿上、登記せられなかつたことは右当事者間に於て、争のないところであるから、原告株式会社は、渡辺政治が昭和三三年六月九日、当裁判所に対し被告東和に対する訴の取下書(被告東和のこれに対する同意があることは、前段判示の通り)を提出した当時、原告株式会社を代表する権限を有しないことを、主張し得ないものと謂わなければない。商法第一二条にいわゆる第三者とは、一般商取引の相手方を指称し、原告株式会社と対等の取引関係に立たない当裁判所が、右法条にいう第三者に該当しないことは、多言を要しないけれども、同法条の法意に照せば、原告株式会社は当裁判所に対し、渡辺政治の無権限を主張することを、許されないと解釈するのが相当である。
又、原告株式会社は、渡辺政治は、その代表権限を越えて、前記訴の取下を為したからその取下は無効であると主張するけれども当裁判所は右と同一の理由により、原告株式会社は、当裁判所に対し、渡辺政治の代表権限踰越を理由として、右訴の取下の無効を主張し得ないと解釈する本来単独取締役は、訴の取下を為し得るのであり、仮に原告株式会社が、渡辺政治に訴の取下を為す権限を与えていなかつたとしても、それは内部関係に於ける制約にすぎないからであるそれ故渡辺政治が、原告株式会社の代表取締役として為した被告東和に対する訴の取下は全く有効であり、原告株式会社の同被告に対する訴は、昭和三三年六月九日、その取下により終了したと謂わなければならぬ。
原告株式会社の被告興国に対する請求につき、判断する。原告株式会社主張の一の事実中、その代金及び工場事務所の表示が、その主張の通りであることを除く、その他の事実、現在本件不動産につき、被告東和の為、被告株式会社主張の二の各所有権取得登記が為されていることは、右当事者間に争のないところである。従つて原告株式会社が登記簿上の所有名義人でない被告興国に対し、本件不動産につき、昭和一九年五月二九日売買を原因とする所有権移転登記申請を求める本訴請求は、失当である。よつてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文の通り、判決する。
(裁判官 鉅鹿義明)
第一目録
東京都大田区糀谷町三丁目二四番の一
宅地 二九六坪
同所同番の二
宅地 八〇坪
同所一四番一
宅地 八九坪五合四勺(四九四坪二合の内)
第二目録
同都同区同町三丁目二四番地にある家屋番号同町二九号
木造瓦葺二階建工場事務所一棟
建坪 四三坪六合二勺 二階三〇坪
附属建物
木造スレート葺平家建工場一棟
建坪 一四五坪
木造亜鉛葺平家建工場一棟
建坪 一一五坪一合
木造スレート葺平家物置一棟
建坪 五坪三合七勺
木造亜鉛葺平家建便所一棟
建坪 一坪
第三目録
同都同区同町三丁目旧八三八番地新五九番地にある家屋番号同町四号
木造瓦葺寄宿舎一棟
建坪 二四坪二合五勺
二階 一三坪五合
第四目録 表<省略>